【連載シリーズ】全国47都道府県の伝統的工芸品を巡る《その8》
2021.04.06全国各地で古くから受け継がれる伝統的工芸品(※)235品目を、都道府県ごとにご紹介する連載シリーズ。今回の《その8》では、近畿地方1府2県(三重県・滋賀県・京都府)に伝わる伝統的工芸品にフォーカスします。
※伝統的工芸品……伝統文化の継承・産業振興を図る「伝産法(伝統的工芸品産業の振興に関する法律)」に基づいて、経済産業省が指定する235品目(2019年11月20日現在の指定数)の工芸品のこと。指定要件などの詳細は、下記のバックナンバー《その1》を参照。
【連載シリーズ・バックナンバー】
三重県に伝わる伝統的工芸品
【伊賀くみひも/その他繊維製品】1976(昭和51)年指定
三重県の伊賀市・名張市で主に生産される伊賀くみひも(いがくみひも)は、奈良時代に大陸から組紐(くみひも)の技術が伝わったことが起源とされています。平安時代には仏具・神具用の飾り紐や、貴族の装束帯などに用いられ、武士階級の時代になると、甲冑・刀剣などの武具類に付ける紐として広く利用されるようになりました。現在、手で組み上げる手組紐は、伊賀くみひもが全国シェアの90%以上を占めており、帯締めや羽織紐などの和装用具はもとより、近年はブレスレットやストラップなどのファッション小物としても人気を集めています。
【四日市萬古焼/陶磁器】1979(昭和54)年指定
三重県四日市市を中心とする地域で生産される四日市萬古焼(よっかいちばんこやき)は、陶器と磁器の性質を併せもつ半磁器(炻器/せっき)です。江戸時代中期、陶芸を趣味とする沼波弄山(ぬなみろうざん)という大商人が、現在の三重郡朝日町で炻器を焼き始めたのが起源とされ、自身の作品に「萬古不易」と刻印したのが名称の由来となりました。その後、萬古焼は弄山の死とともに一時途絶えましたが、江戸時代後期になって再興され、その技術が現在にまで受け継がれています。耐熱性・耐久性に優れた四日市萬古焼は、紫泥の急須や土鍋、豚型の蚊遣器「蚊遣豚(かやりぶた)」が有名で、とくに土鍋の国内シェアは約8割を占めています。
【鈴鹿墨/文具】1980(昭和55)年指定
三重県鈴鹿市で主に生産される鈴鹿墨(すずかすみ)は、平安時代初期、鈴鹿山地で採れる松材を燃やして油煙を取り、それをニカワで固めて墨を作ったのが始まりとされています。江戸時代になると墨の需要増加を受け、御三家紀州藩の保護のもと、本格的な地場産業として大きく発展を遂げました。プロの書道家からも高く評価される鈴鹿墨は、上品で深みのある色合いと発色の良さが特徴で、書画材の用途だけでなく、練り固めた墨に彫刻などを施した美術工芸品としても愛好されています。
【伊賀焼/陶磁器】1982(昭和57)年指定
三重県の伊賀市・名張市で主に生産される伊賀焼(いがやき)は、8世紀ごろに作られていた須恵器という土器がルーツとされています。安土桃山時代には、茶人であった伊賀上野藩主の命で茶壺や花入などの茶道具が作られるようになり、茶の湯の陶器として一世を風靡(ふうび)。その後、江戸時代に入ると小堀遠州の指導で「遠州伊賀」と呼ばれる陶器の生産が始まり、現在にいたる産地の基盤が築かれました。土や火の力強さを生かした野趣あふれる意匠が特徴の伊賀焼は、古くから“通好み”の創作陶器として人気を博しています。
【伊勢型紙/工芸用具・材料】1983(昭和58)年指定
三重県鈴鹿市で主に生産される伊勢型紙(いせかたがみ)は、着物などに文様を染める際に使われる型紙(孔版)のひとつです。その起源については諸説ありますが、室町時代の絵師が「職人尽絵(しょくにんずくしえ)」に型紙を使う染職人を描いていることから、同時代の末期には生産が定着していたと考えられます。その後、江戸時代に入ると紀州藩の保護を受け、全国有数の型紙産地として発展を遂げました。柿渋で貼り合わせた3枚の和紙に、彫刻刀で図柄を彫り抜いて作られる伊勢型紙は、使用する彫刻刀によって「錐彫り」「道具彫り」「突彫り」「縞彫り」の4種類の彫刻技法があります。その微細な彫りのデザインが注目され、近年は美術工芸品やインテリア用品にも使用されています。
滋賀県に伝わる伝統的工芸品
【信楽焼/陶磁器】1975(昭和50)年指定
滋賀県甲賀市で主に生産される信楽焼(しがらきやき)は、900年以上の歴史をもつ日本六古窯(信楽・備前・丹波・越前・瀬戸・常滑)のひとつで、奈良時代に紫香楽宮(聖武天皇が近江国に設けた離宮)の屋根瓦を焼いたのが始まりとされています。その後、信楽周辺で採れる良質な陶土を生かして、室町・安土桃山時代には茶道具の名品が数多く生み出され、江戸時代に入ると大型の陶器や生活雑器も生産されるようになりました。大正時代からは火鉢の生産も始まり、昭和初期には信楽の名産品として有名な「タヌキの置物」も誕生しました。
【彦根仏壇/仏壇・仏具】1975(昭和50)年指定
滋賀県の彦根市・米原市で主に生産される彦根仏壇(ひこねぶつだん)は、江戸時代中期、武具製作に携わる塗師や指物師、金具師などの職人が、藩の奨励により仏壇製作に転向したのが始まりとされています。その後、仏教信仰の広まりと藩の保護を受け、仏壇産地としての本格的な生産体制が整い、現在の発展の基礎を築きました。漆塗り・金箔押しを施した彦根仏壇は、豪華で荘厳な金仏壇として知られ、サイズも一間(約1.8メートル)の仏間に納める大型の製品が主流となっています。
【近江上布/織物】1977(昭和52)年指定
滋賀県の東近江市・愛知郡愛荘町・犬上郡多賀町で生産される近江上布(おうみじょうふ)は、上品な絣模様と爽やかな風合いが特徴の麻織物です。この地方では鎌倉時代より麻織物の生産が始まり、江戸時代には藩の保護を受けて、幕府への献上品を生産する地場産業として定着。最盛期の明治時代には、年間60万反を生産する一大産地として繁栄しました。反物に「シボ付け」というちぢみ加工を施した近江上布は、シャリ感のある清涼な肌ざわりが魅力で、夏物の着物や浴衣、おしゃれ着などの生地として人気を集めています。
京都府に伝わる伝統的工芸品
【京友禅/染色品】1976(昭和51)年指定
京都府京都市を中心とした地域で生産される京友禅(きょうゆうぜん)は、東京手描友禅・加賀友禅と並ぶ日本三大友禅のひとつです。8世紀ごろから伝わる染色技法をもとに、江戸時代の扇絵師・宮崎友禅斎が確立した手描友禅が起源とされています。正絹に手描き染め(手描友禅)または型染め(型友禅)をした京友禅は、各工程が専業化・分業化され、多いものでは20工程以上の手間をかけて仕上げられます。その華麗で鮮やかな色柄には、京都千年の歴史と伝統が育んだ、気高くも奥ゆかしい美意識が息づいています。
【京鹿の子絞/染色品】1976(昭和51)年指定
京鹿の子絞(きょうかのこしぼり)は、京都府の各地域で生産される絞り染めの生地で、括(くく)りの模様が子鹿の斑点に似ているところから「鹿の子」と呼ばれるようになりました。日本各地で6~7世紀ごろから行われていた絞り染めは、宮廷衣装の模様表現にも用いられ、室町時代から江戸時代初期にかけて「辻が花染(つじがばなぞめ)」として全国に普及。そうした中、京都一帯では「かのこ」と呼ばれる絞りの技法が確立され、江戸時代中期に全盛期を迎えました。鹿の子絞りには「疋田絞(ひったしぼり)」と「一目絞(ひとめしぼり)」の2種類があり、これらの括り技法を駆使して、立体感のある精緻な模様が生み出されます。
【京小紋/染色品】1976(昭和51)年指定
京都府京都市を中心とした地域で生産される京小紋(きょうこもん)の起源は、基本となる型紙が作られた1200年前にさかのぼります。その後、京の堀川を中心に染色の職人町が形成され、防染糊を置いて引染めする小紋の技法が確立しました。京小紋は多色染めの絵画的な柄が特徴で、その意匠は現存する上杉謙信の紋付小紋帷子(もんつきこもんかたびら)や、徳川家康の小花紋小紋染胴服(こばなもんこもんぞめどうふく)などにも見られます。
【西陣織/織物】1976(昭和51)年指定
京都府の各地域で生産される西陣織(にしじんおり)は、錦・絣・紬・緞子(どんす)・朱珍(しゅちん)など、多彩な技法を用いた先染めの紋織物の総称で、日本の伝統文化を象徴する高級絹織物として海外でも高い評価を得ています。その歴史は非常に古く、平安時代以前に豪族の秦氏が手がけていた養蚕・織物がルーツとされています。西陣織と呼ばれるようになったのは、室町時代の応仁の乱が終わった後、西軍が本陣としていた地(西本陣)に、戦禍を逃れていた織物職人が集まって生産を再開したことに由来します。先染めした多色の糸を駆使し、絢爛豪華で精緻な紋様を織り出す西陣織は、まさにジャパンブランドの最高峰といってもいいでしょう。
【京繍/その他繊維製品】1976(昭和51)年指定
京都府の京都市・宇治市で主に生産される京繍(きょうぬい)は、京の都らしい典雅な趣の刺繍(ししゅう)です。平安京の建都の際に、刺繍職人をかかえる織部司(おりべのつかさ)という部門が設置され、衣服の装飾を縫い始めたことが起源とされています。現在まで伝わる技法は約30種類あり、絹織物・麻織物の生地に、絹糸や金銀糸を使って花鳥・山水などの模様を縫い付けていきます。平安絵巻を彷彿とさせる華麗で雅やかな色柄が人々を魅了し、古くから着物地や羽織、旗幕、緞帳(どんちょう)などの装飾に用いられています。
【京くみひも/その他繊維製品】1976(昭和51)年指定
京都府の京都市・宇治市で主に生産される京くみひも(きょうくみひも)の始まりは、平安時代と伝えられています。当初は貴族の装束帯などに用いられ、鎌倉時代には武具類に付ける実用的な組紐(くみひも)の技術が発達し、江戸時代以降は羽織紐や帯締めなどの和装小物が量産されるようになりました。基本的な組み方の技法は40種類以上あり、近年は時計のベルトやストラップなどのファッション小物も生産され、国内外の観光客から人気を集めています。
【京漆器/漆器】1976(昭和51)年指定
京都府京都市で主に生産される京漆器(きょうしっき)は、室町時代以降、京を中心に栄えた茶の湯文化とともに広まりました。他の漆器と比べて木地が薄いため、手のなじみや口当たりがよく、茶の湯に通じる“わび・さび”といった内面的な美しさも備えています。蒔絵などを施した優美なデザインと、肌面の繊細な仕上がりも魅力で、上質な器や調度品としてはもちろん、洗練された美術工芸品としての価値も高く評価されています。
【京指物/木工品】1976(昭和51)年指定
京都府京都市で主に生産される京指物(きょうさしもの)は、木と木を組み合わせて作る家具や調度品の総称で、美しい木目を生かした桐の箪笥と茶道具がとくに有名です。平安時代が起源とされる京指物は、当時の宮廷文化の中で求められた優雅な趣を今に伝えています。さらに、簡素な美しさを追求した茶道文化や江戸時代の町人文化にも育まれたことで、時代の需要に合った独自の意匠と技術を確立。現在も伝統的な指物製品に加え、モダンなデザインのインテリア用品や照明器具、シャンパンクーラーなど、現代にマッチした多彩な製品が生み出されています。
【京仏壇/仏壇・仏具】1976(昭和51)年指定
京都府の京都市・宇治市・亀岡市・城陽市・向日市・長岡京市・木津川市・南丹市で生産される京仏壇(きょうぶつだん)。その生産が本格化したのは、一般家庭で仏壇を置く風習が広まった江戸時代初期とされています。京都には各宗派の総本山が100以上あり、その本堂の様子を忠実に再現・小型化した京仏壇は、仏教の精神性と格調の高さを誇る総合工芸品として「京もの」と呼ばれています。
【京仏具/仏壇・仏具】1976(昭和51)年指定
京都府の京都市・宇治市・亀岡市・城陽市・向日市・長岡京市・木津川市・南丹市で生産される京仏具(きょうぶつぐ)は、8世紀ごろに生産が始まったといわれています。その後、11世紀初頭に仏具作りの職人が七条に集められ、本格的な生産がスタートしました。京都の仏具は仏壇と同様、多彩で高度な技術と精神性が集結した総合工芸品と位置づけられています。その種類は1500種類以上におよび、現在も専門職人による分業・手作業によって一品ずつ製作されています。
【京扇子/その他工芸品】1977(昭和52)年指定
京都府の京都市・宇治市・亀岡市・南丹市で主に生産される京扇子(きょうせんす)の始まりは、平安時代初期にさかのぼります。その当時、筆記用具として使われていた「木簡(もっかん/木製の細く薄い板)」を数枚つなげて、現在の扇の形にしたものが起源と考えられています。当初は貴族向けの贅沢品でしたが、時代とともに庶民の間にも広まり、涼をとる持ち扇や儀式扇、芸事扇、飾り扇として普及しました。
【京焼・清水焼/陶磁器】1977(昭和52)年指定
京都府の京都市・宇治市・城陽市・向日市・亀岡市・長岡京市で生産される京焼・清水焼(きょうやき・きよみずやき)は、焼成後に絵付けを施す上絵付けの技法で、京風の典雅な絵柄を描いた陶磁器です。その起源は平安時代以前にさかのぼりますが、本格的な生産が始まったのは平安京の建都以降とされています。以来、京都では伝統を絶やさずに焼物作りが受け継がれ、仁清(にんせい)や乾山(けんざん)などの名陶工を数多く輩出しました。
【京うちわ/その他工芸品】1977(昭和52)年指定
京都府の京都市・南丹市で主に生産される京うちわ(きょううちわ)の歴史は、南北時代にさかのぼります。当時の日本の海賊「倭寇(わこう)」が持ち帰った朝鮮団扇(ちょうせんうちわ)が、紀州・大和を経て京の貴族の別荘地に伝わったのが始まりとされています。その後、宮廷で用いられた「御所うちわ」を原型に、京うちわ独特の挿柄(柄と中骨が一体ではない構造)や、見た目にも洗練された意匠が生み出されました。涼をとる用具としてだけでなく、優れた美術工芸品や鑑賞用としても愛好される京うちわは、京扇子と同様、京都の伝統文化を代表する存在といってもいいでしょう。
【京黒紋付染/染色品】1979(昭和54)年指定
京都府京都市で主に生産される京黒紋付染(きょうくろもんつきぞめ)は、深い漆黒の色合いに白の家紋が冴える高級品として人気を博しています。その起源は10世紀ごろまでさかのぼりますが、現在の形となったのは17世紀とされています。江戸時代中期以降は、植物染料を使った「びんろうじ染」という黒紋付が武士の間で愛用されるようになり、明治時代に入ると紋付羽織袴(もんつきはおりはかま)が国民の礼服に制定されたことで、一般庶民の間にも急速に広まりました。その後、ヨーロッパの技術を導入し、現在にいたる「三度黒(さんどぐろ)」や「黒染料(くろせんりょう)」などの技法が確立されました。
【京石工芸品/石工品・貴石細工】1982(昭和57)年指定
京都府の京都市・宇治市・亀岡市・向日市・八幡市で主に生産される京石工芸品(きょういしこうげいひん)は、平安京の建都よって大内裏が造営される際、多くの石工が集められたのが起源とされています。以来、日本文化の中心をなす京都ならではの風土を背景に、他の地方には見られない高度な石工芸の技術を築き上げました。そのほとんどが庭園装飾用の製品で、1人の石工がすべての工程を手がけるのが特徴です。とくに、京風の典雅な彫刻を施した石灯籠は、茶道が流行した桃山時代以降、日本庭園に欠かせない主役級の存在となっています。
【京人形/人形・こけし】1989(昭和61)年指定
京都府の京都市・宇治市・亀岡市・八幡市で主に生産される京人形(きょうにんぎょう)は、人間の身代わりに悪いことを引き受ける「ひとがた」や「かたしろ」がルーツとされています。それが時代を経て、平安時代に公家の子女が遊ぶひな人形の原型となり、江戸時代には御所人形・衣装人形・市松人形なども生み出されました。頭・髪付・手足・着付けなどの行程ごとに、専門職人が分業体制で製作する京人形は、ひとつひとつのパーツの完成度が高い高級品として人気を博しています。
【京表具/その他工芸品】1997(平成9)年指定
京都府京都市を中心とした地域で生産される京表具(きょうひょうぐ)の始まりは、平安時代にさかのぼります。当初、表具は経や書画に布地を貼って補強するためのものでしたが、その後、額装・掛軸に仕立てる装飾用途や、屏風・衝立・襖に仕立てる生活用途にも使われるようになりました。茶の湯をはじめとする伝統文化に育まれてきた京表具には、京都ならではの美意識と高度な職人技が息づいています。
── 以上、今回は三重県・滋賀県・京都府に伝わる25品目をご紹介しました。次回の《全国47都道府県の伝統的工芸品を巡る~その9》では、近畿地方1府3県(奈良県・和歌山県・大阪府・兵庫県)の指定品目にフォーカスします。
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