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日本だけでなく、いまや世界を魅了。伝統技術の結晶「箏」を生み出す箏職人

日本古来の弦楽器のひとつ、箏 ──。

木の中が中空構造になっていて13弦の弦を張った和楽器の箏は、右手3指に爪をつけてつまびくことにより、空洞の木の中で音が反響して鳴るしくみになっています。

箏と聞くと、お正月に流れるゆったりとした優雅な古典の曲調のイメージをまず思い浮かべる人も多いことでしょう。しかし実は、13本の弦を巧みに操って表現されるその音色は、優雅で奥ゆかしい調べに限らず、繊細な音色はもちろん、ときにはダイナミックな音色など、多種多彩な奥深い表現が可能です。そうした特徴から、オーケストラとコラボレーションすることもありますし、あるいはポップスを箏でカバーした数多くの曲があります。

たとえば、最近の箏を取り巻くトピックスのひとつに、箏(奏者/平田紀子)と、尺八(奏者/石倉光山)がレディー・ガガ(Lady Gaga)の「Telephone(テレフォン)」をカバーし、リズミカルな曲調に合わせて和装を身にまとった女性が華麗に舞う様子がYouTubeで配信されました。原曲を和楽器で忠実に再現しながらも、和楽器ならではの音色は独特な世界観をつくりだし、さらには和風衣装のダンサーを取り入れて躍動感を表現したことが、世界中の人々を惹きつける要素になったようです。

── 今回は、そんな魅惑の音を奏でる「箏」を生み出す「箏職人」についてのあれこれをご紹介していきましょう。

※元来、「箏(そう/こと)」は現在普通に「こと」と呼んでいる「十三絃」の楽器を指し、「琴(きん/こと)」は「七絃」の楽器のことをいいます。 現在では「箏」は常用漢字の中に含まれていないため、一般的には箏よりも琴の漢字を用いることが多くなっています。今記事では、「十三絃のこと」をご紹介するということから、「箏」と表記し、固有名詞に「琴」が用いられているものには、そのまま「琴」と表記していきます。

神聖な霊獣“龍”をモチーフに生み出された箏

和食店や温泉旅館で箏曲(そうきょく)が流れてくれば、日本人のほとんどの人が、それを「箏の音色」だと認識できるでしょう。しかし、目の前で箏をみたことがある、触れたことがあるという人は意外と少ないのではないでしょうか。

そこで、箏の「つくりや音」についてご説明していくために、まずは部位の名称から順にご説明していくとしましょう。箏はもともと中国から伝わったということもあり、箏全体を「龍」に見立て、それぞれの部位の名称がつけられています。(図表1参照)

●龍頭(りゅうとう):演奏者からみた右側の主な演奏をする側。

●龍舌(りゅうぜつ):龍頭の側面。

●龍眼(りゅうがん):弦を留めつける。

●龍角(りゅうかく):弦を浮かせるために支える。

●龍甲(りゅうこう):箏の胴部分。

●雲角(うんかく):龍角と対で弦を支える。

●磯(いそ):箏の胴部分の側面。

●龍腹(りゅうふく):胴の底面。

●龍尾(りゅうび):演奏者からみた左側の箏の裾部分。

先にも記したとおり、箏は奈良時代に中国から伝来しました。「龍」は中国では紀元前17世紀頃という、はるかいにしえから最も神聖な霊獣として崇拝され、かつては皇帝の象徴にされたほど高貴で尊い存在でした。その龍をモチーフにしてつくられたことからも、箏がいかに神聖で高貴な楽器とされていたかがうかがえます。見た目の美しさもさることながら、神秘的ともいえる独特の音色をおもえば、箏が「龍」をモチーフにしてつくられた楽器ということにも納得てきますね。

高貴な楽器という位置づけも含めて日本に伝わった箏は、宮廷での公的行事で奏(そう)されただけでなく、貴族の高尚な「たしなみ」となり、『紫式部日記画巻』『源氏物語』など平安時代に記された書物でもその様子が絵や文で度々描かれています。

そしてその後、時を経るごとに曲調や調子(調律)、つくりが日本独自の進化を遂げて「和楽器・箏」となり、今日に至っているのです。

箏の音に影響する3つの要素

箏の名称が確認できたところで、次は箏の音を決める要素についてを掘り下げていきましょう。

箏の音に最も影響を与えるとされているのが「弦」「木材」、そして「内部のつくり」の3つとなります。この3つのクオリティー次第で、音の良し悪しが決まるとともに、価値や価格に反映されることになります。とくに内部のつくりは、熟練の箏職人にしかなしとげられない緻密な計算と、微妙なさじ加減がカギとなります。つまり優れた箏は、修業を通して伝統技術を培い、独自の感性を磨いた箏職人にしか生み出せない貴重な“たまもの”といえるものなのです。

それでは、箏の音に影響を与える3つのうちの「弦」から順にご紹介していきましょう。

現代では、「絹製」「テトロン製」のいずれかが使われていますが、元来、箏の弦は絹糸でつくられたものが使用されてきました。そのため、現在においても絹の弦が生み出す音が最高だといわれていますが、1960(昭和35)年、創業1966年の老舗和楽器糸製造メーカー「丸三ハシモト株式会社」がナイロン製の弦を開発し、これが初の化学繊維からつくられた弦になります。さらにその3年後の1969年には同じく老舗和楽器糸製造メーカーである「三枝商店(現:サエグサファクトリー)」が、ナイロン製より絹糸に質感が似たテトロン製の弦を発表し、一気に化学繊維でつくられた弦が普及し始めることになります。

現代では価格が比較的安価なうえ、丈夫さにも優れ、さらに音も改良されるなど、テトロンの糸の品質が改良され、学校で使用する練習用の箏のみではなく、演奏会用としても普及し、需要を伸ばし続けています。このようにして主流となった「絹製」と「テトロン製」の弦の特徴は、以下のとおりとなっています。

●絹:音がやわらかく、のびがよいという特徴があり、古典曲の演奏家に好まれています。弦自体の特徴は、化学繊維製の弦と比較してやわらかい特性をもつため、激しい曲を弾く場合は切れやすく、場合によっては何度も弦が切れてしまうこともあります。また、自然の蚕がつくりだす繭を原料とすることや、人手でしかなせない工程が多くあるため、価格はテトロンと比べて高価です。

●テトロン:どちらかというとかたいハッキリとした音を特徴としているので、現代風の曲調にマッチするとされ、現在においてはテトロンの弦が最も主流になっています。弦自体の特徴は、弾力性が高く収縮しづらいので、耐久性や耐摩耗性に優れています。そのため、長持ちすることはもちろん、激しい演奏時に弦が切れるという心配も少なくなっています。

箏に使われる木材の厳しい条件

続いて、箏の音に影響を与える主要な要素、木材についてをみていきましょう。

木材は、音はもちろんのこと、見た目にも影響してその箏の価値を大きく変動させますが、自然物ですから、音と見た目を叶える木材となれば、おのずと希少性に直結するため、価格にも大きくかかわります。

箏に使用する木材として、最も適しているとされているのが国産の桐です。桐は、以下のような特性を持っています。

●多孔質で音の濁りが少なく、倍音(音を構成する周波数)をもをきれいに響かせることができる。

●軽くて収縮率が低いため、くるいなく緻密な加工が行えるとともに、経年の影響も受けにくい

これらの特性を顕著に備えることのできる水分量、木目の詰まりであるのが国産の桐なのです。

なかでも寒さが厳しい地方のものは成長が遅いため、年輪が細かく引き締まって良質であるとされ、岩手県の「南部桐」や、福島県の「会津桐」が、古くから良質な桐の産地として有名です。しかし、会津桐であれば、それはすべて箏に適しているわけではありません、さらに、1本の木でも部位によって日や風雨の当たる量が違うことから、成長の過程で部位によって特性の現れ方が異なるため、箏に利用できる桐は少ないといえます。

一般的な箏のサイズはおよそ「180センチ(縦)✕ 25センチ(横幅)✕ 5センチ(厚み)」ですから、その横幅を満たすまでには、最低でも樹齢30年以上の桐が必要であることに加え、そのサイズを継ぎ目なく良質な素材で賄(まかな)える桐でなければならないことが、最低条件となるのです。

重要な項目である「柾目」と「板目」

また、木材の重要な項目がもうひとつあります。それは、桐に対してどのように箏の材料を切り取るかが、桐の強度と見た目の美しさに影響するという点です。その切り取り方(木取り)は大きく分けると2種類あり、縦断面に現れる木目から「柾目(まさめ)」と「板目(いため)」といわれ、2つに区分されています。図表2も参照しながらそれぞれの特性をみていきましょう。

【柾目の特性】

柾目(まさめ)とは、縦断面に現れる木目が樹心に平行してまっすぐなものをいいます。原木の半径だけで木取りをしなければならないため、樹齢60年以上の桐が必要であることに加え、半径を使って木取りするため、その希少性は特に高まるうえ、金額も板目より高価になります。木の中心に向かうにしたがって年輪は細かく締まるため、加工時や経年による「反り」がほとんどないことなどから、均一で繊細な音を生み出す箏をつくりだすことにつながります。なかでも、年輪のよく締まった柾目の細かい箏は「糸柾」といわれる極上品に位置づけられます。

【板目】

板目(いため)とは、原木の中心より外側で木取りをするため、木材独特の風合いのある美しい木目が縦断面に現れます。1本の桐から何面か分の箏の材料が取れるため、柾目に比べて安価ですが、原木の中心の外側での木取りとなり、若くてやわらかい年輪の部分となるため、経年による「反り」や「くるい」が生じやすいといいます。

この2つの木目は箏の龍甲と龍腹に現れるもので、箏の側面である磯に現れる木目は、「龍甲が柾目の場合は磯は板目」「龍甲が板目の場合は磯は柾目」になるのも特徴のひとつといえます。

箏内部に織りなされる、美的と実用を兼ね備えた職人の技

そして、音の良し悪しに大きく影響を与える重要な点が、箏の内部に施す「職人の技」 です。

箏の中空構造は、完成の状態では龍腹にある穴(音穴)から覗き込まなければ見ることはできませんが、卓越した職人の技が施されており、その仕上がり具合が音に顕著に反映されます。

その内部には、職人の緻密な計算と技術をもってしかなせない技が随所に施されていますが、今回は、職人の腕の見せ所のひとつとされている、「ノミ(鑿)」で手彫を施す「彫り細工」をご紹介しましょう。

この彫り細工は、箏内部での音の反響を複雑にするために施されるため、より細かく複雑なものがよいとされており、代表的な彫りを挙げると、「麻型(ダイヤモンド)彫り」を最も複雑で美しいものとして、「子持ち綾杉彫り」「綾杉彫り」「すだれ彫り」があります。さらに、「子持ち綾杉彫り」「綾杉彫り」「すだれ彫り」の順に、シンプルな彫りとなります(図表3参照)。

複雑、高度な熟練技をもつ箏職人による、箏づくりの工程

箏は、原木を選定する「目利き(めきき)」に始まり、多岐にわたるほとんどすべての工程を手作業で行います。また、その工程はすべてにおいて複雑・高度であるため、箏は熟練の箏職人でなければつくることのできない芸術品ともいえます。

では早速、箏職人が携わる箏づくりの工程の流れを大まかに見ていくことにしましょう。

《工程1:原木の選定》

原木の曲がりやひび割れの程度、芯のズレなどを吟味して選定します。ひび割れは素人目には同じでも製品に影響するものやしないものなど、さまざまな種類があります。これを見誤ると工程の途中で原木が崩れてしまい、破棄しなければならなくなることにもなりかねない重要な工程です。

《工程2:墨掛け》

原木の外側の皮を剥(む)き、傷や節などの場所や程度を確認し、木取りをする場所を決めて印を付けていきます。

《工程3:挽き割り》

墨掛けどおりに原木をカットします。

《工程4:荒甲》

龍甲のやわらかなカーブをとり、原木を大まかな箏の胴のかたちに整えます。

《工程5:乾燥》

3年前後の年月を掛けて天日で原木を乾燥させます。十分に乾燥させることで寸法を安定させ、その後の加工時や箏が完成した後の「反り」や「狂い」を防ぐとともに、梅雨の雨にさらすことで桐材に含まれる「灰汁(あく)」を取ることができます (近年では屋内で人工的に乾燥、灰汁取りを行うメーカーもあります)。 

《工程6:甲づくり》

乾燥の終えた原木の外側を本格的に箏のかたちに整えます。この時点で、仕上がり後の木目がどのようなものになるかを確認することができます。

《工程7:中くり》

ノミと鉋(かんな)で、原木の内側をくり抜き「綾杉」などの模様を彫っていきます。原木ごとに質や個性が異なるため、瞬時にその質や個性を見極め、緻密な計算と加減をしながら音がよく響き、音ムラのないように行います。この工程は、その箏の音が決まる重要な工程に位置づけられます。

《工程8:裏板(龍腹)張り》

龍甲の裏側に板を取り付けます。

《工程9:甲焼き》

約1500度の高温で焼いた「鏝(こて)」で、龍甲の表裏を色のムラが出ないよう均一に焼き付けた後、焼きで生じた炭化物を磨いて取り除き、光沢を出していきます。この時点で仮の弦を張り、音の響き具合を確認。必要であれば再度、龍甲の内部を削って調整します。

《工程10:装飾》

装飾個所は、その箏の価格やデザインなどからさまざまありますが、装飾を施す部位は「龍頭」「龍舌」「龍角」「龍尾」をはじめ、その他にもたくさんの部位があります。それぞれが複雑で難易度の高いものばかりであるため、最も時間を要する工程です。その工程とは、「蒔絵(まきえ)※」「象嵌(ぞうがん)※」「寄木細工(よせぎざいく)※」を駆使して装飾部品をつくり、箏本体に取り付けていくというもの。これらの装飾技術は、繊細で最高級の装飾技術とされており、高い職人技を要するのはもちろんのこと、絵心やセンスも必要不可欠です。

《工程11:糸締め》

弦(糸)を張り、1面(箏を数える単位は面)の箏がようやく完成。

※蒔絵(まきえ):漆と金や銀、スズ粉等を蒔きつけていく装飾技術。 ※象嵌(ぞうがん):金属や木材などの材料の表面に象牙や紫檀をはめ込んで模様を描く装飾技術。 ※寄木細工(よせぎざいく):多彩な種類の木材を組み合わせ、それぞれの色合いの違いを利用して模様を描く装飾技術。

新たに広がりゆく箏の世界

古くから箏の生産地として有名な都市は東京、金沢(石川県)などが知られていますが、なかでも有名なのは福山(広島県)の「福山琴」です。音楽の教科書にも掲載され、新年にはテレビや街中で流れる箏の名曲『春の海』の舞台となったとされる景勝地・鞆の浦(とものうら/瀬戸内海国立公園)でも知られる福山市では、福山藩主であった水野勝成が福山城を築城した1619年頃から箏づくりが奨励され、つくられ始めました。現在でも国内生産のおよそ7割を担い、経済産業大臣の伝統的工芸品にも指定されています。そんな福山琴では、伝統の技術を継承しながらも、柔軟に新しい取り組みがなされています。

そのひとつとして、2000年に開発されたのが「新福山箏」です。

メーカーをはじめ演奏家や楽器音響研究者、音楽学者など各方面からの意見と技術を取り入れてつくられたこの「新福山箏」は、“扱いやすさ”に重点をおいてつくられています。具体的にどのような“扱いやすさ”かというと……、

●従来より40センチ長さが短く、重量は4.5キログラムと軽量。

●専門家でなくとも、弦の交換が自身で簡単にできる。

おおまかに上記の2点になりますが、もちろん単純に短くしただけではなく、短いながらも音質や品質に遜色のないよう、龍甲の傾斜角度などが緻密に計算されてつくり込まれています。こうした創意工夫によって持ち運びやすく手軽になった箏は、2002年4月より全国の小・中学校の音楽の時間に、邦楽の鑑賞と和楽器の実習が義務づけられたこともあり、学校を中心に需要を伸ばしています。

箏でカバーされた日本のトップアーティストのヒット曲も

気の遠くなるような丹念な作業を積み重ねて生み出される箏 ──。

それぞれの原木の個性にあわせたミリ単位の繊細な調整は、機械には到底真似のできない五感で習得した熟練の箏職人にしかなせない手しごとといえるもの。やわらかな曲線の造形美や美しい木目、装飾の華麗さと独特の音色は、世界に誇る日本文化が凝縮された最たるものといえるでしょう。

見る聴く、弾く ──。さまざまな方法でその職人の技に触れることのできる意外と身近な「箏」ですが、冒頭で紹介したレディー・ガガ(Lady Gaga)の「Telephone(テレフォン)」以外にも、日本のトップアーティストのヒット曲の数々が、箏の奥深い音色によって情緒豊かにカバーされています。

そういえば、季節は桜の開花の便りが届く頃となりました。日本人が深く愛する桜は、暖かな春をつれてきてくれるだけでなく、いつの時代も日本人の心を雅やかな雰囲気に包んでくれます。そうした“やまとごころ”に満ちあふれるいまの時期こそ、箏の奥深い音色に耳を傾けながら、薄紅色の桜を愛でてみてはいかがでしょうか。

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