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難所・高所での作業に精通したロープアクセス技術者が、高い注目を浴びているワケとは?

街中を歩いている際にふと頭上に目を向けたとき、高いビルの屋上から吊るされたロープで体を支え、窓の清掃作業や壁面の補修作業を行っている人の姿を目にしたことはあるでしょうか。

この作業方法は一般的に「ロープアクセス」「ロープ高所作業」「ブランコ作業」などと呼ばれ、命綱ともいえるロープを巧みに操ることにより、足場を組めないあらゆる難所・高所にアクセスして作業を行う専門技術のことを指します。

高所恐怖症の人にとっては、足がすくむような環境でのリスクを覚悟した作業となりますが、ロープアクセス技術者が用いている専門技術は、40年ほど前から日本独自の方式で行われていたもの。しかし、15年ほど前に欧米式の新たな技術が日本に伝わり、清掃業、ビルメンテナンスといったシーンに限らず、今日では救命やダム点検をはじめ、岩壁・自然斜面・法面・構造物といったさまざまなシーンで活用され、注目を浴びている技術なのです。

── 今回は、そんな「ロープアクセス技術者」にまつわるトリビアや魅力をについて、お伝えすることにしましょう。

ロープアクセスだからこそ得られる利点とは?

一般的に2メートル以上の高さで行う作業のことを「高所作業」といい、高所作業には、高所作業車(リフト車)を用いたり、足場を設置して行うなどの、いくつかの作業方法があります。
そうした中、主にロープアクセスが選ばれる場面とは、“従来の方法では入り込めない狭い場所”や、“ハシゴの高さが足りない場合”、そして“複雑な形状をした建造物が対象の場合”となります。

なんといっても身軽で左右上下に小まわりのきく点が、最大のメリットとされるロープアクセスですが、それだけではなく足場を組む期間や、大きな機材、車を必要としない点からも、大幅なコスト削減が見込める点が大きな利点とされています。

労働安全衛生規則、安全衛生特別教育規程の改正

多彩なメリットをもつロープアクセスですが、ときには300メートルを越す高所でロープを使用し、身ひとつで作業をする場合もあります。ロープアクセスは、高さにかかわらず常に危険は常に隣り合わせにあるため、知識と技術をもって常に万全の態勢で臨まなければ、命を失うような大事故につながってしまうことはいうまでもありません。ここで注意したい点は、「ロープアクセス点検技術」と「特殊高所技術」が異なる点にあります。欧米では後述する通り、洞窟の探検などを目的に職人や作業員の高度な技術として発展してきましたが、日本では主に調査・点検の専門技術が用いる専門技術として発展してきた点にあります。

非常に高い場所で行うことから常に危険を伴うロープアクセスですが、過去にはロープの結び目のほどけてしまったり、ロープが切れることによって墜落事故が発生。こうした事故を受けて2016年に厚生労働省は、ロープ高所作業について労働安全衛生規則、安全衛生特別教育規程の改正を行いました。

この規程改正によって新たに定められた、ロープ高所作業の定義は以下のとおりです。

●高さ2メートル以上の場所での作業床の設置の義務づけ(作業床の設置が困難なところでは、例外的にロープで身体を保持するロープ高所作業を用いざるを得ない場合を除く)。
●高さが2メートル以上の個所、なおかつ作業床を設けることが困難なところにおいて、昇降器具を用いて労働者が当該昇降器具により、身体を保持しつつ行う作業(40度未満の斜面における作業を除く)。

また、この定義に加えて以下の7つの規定が定められました。

規定⒈ライフラインの設置

身体保持器具を取りつけた「メインロープ」以外に、 安全帯を取りつけるための「ライフライン」を設ける必要がある(ライフラインとしてリトラクタ型墜落阻止器具※を用いることもできる)。 ※リトラクタ型墜落阻止器具 = 滑りクラッチを内蔵し、墜落阻止時に身体が受ける衝撃を 大幅に緩和する器具

規定2.メインロープ等の強度等

①メインロープ等※は十分な強度があり、著しい損傷、摩耗、変形や腐食がないものを使用する。
※メインロープ等 = メインロープ、ライフライン、これらを支持物に緊結するための緊結具、身体保持器具と、これをメインロープに取りつけるための接続器具のこと。
②メインロープ・ライフライン・身体保持器具については以下の措置をとる(複数人で確認する)。

(1)メインロープとライフラインは、作業個所の上方のそれぞれ異なる堅固な支持物に、外れないように確実に緊結すること。
(2)メインロープとライフラインは、ロープ高所作業に従事する労働者が安全に昇降するため十分な長さを有すること。
(3)突起物などでメインロープやライフラインが切断するおそれのある個所では、覆いを設けるなど切断を防止するための措置を行うこと。
(4)身体保持器具は、接続器具を用いて確実に取りつけること(接続器具は使用するメインロープに適合したものを用いる)。

規定3.調査および記録

墜落または物体の落下による労働者の危険を防止するため、 あらかじめ作業を行う場所について、次の項目を調査し、その結果を記録する。
(1)作業個所とその下方の状況。
(2)メインロープとライフラインを緊結するためのそれぞれの支持物の位置、状態、それらの周囲の状況 。
(3)作業個所と(2)の支持物に通じる通路の状況。
(4)切断のおそれのある個所の有無とその位置や状態。

規定4.作業計画

調査を踏まえ、ロープ高所作業を行うときは、あらかじめ次の項目が示された作業計画をつくり、関係労働者に周知し、作業計画に従って作業を行う必要がある。
(1)作業の方法と順序。
(2)作業に従事する労働者の人数。
(3)メインロープとライフラインを緊結するための、それぞれの支持物の位置。
(4)使用するメインロープ等の種類と強度。
(5)使用するメインロープとライフラインの長さ。

規定5.作業指揮者

作業計画に基づく作業の指揮、2(2)の措置が行われていることの点検、作業中の安全帯と保護帽の使用状況の監視を行う作業指揮者を定める必要がある。

規定6.安全帯・保護帽

●作業に従事する労働者に安全帯を使用させるとともに、物体の落下による危険を避けるため、関係労働者に保護帽を着用させる。
●使用する安全帯はライフラインに取りつける。安全帯のグリップは、使用するライフラインに適合したものを用いる。
●安全帯、保護帽の使用を命じられた労働者は、これらを使用する必要がある。安全帯の取りつけは、複数人で確認する。

規定7.作業開始前点検

その日の作業を開始する前に、メインロープなど、安全帯および保護帽の状態について点検し、異常が確認された場合はただちに補修、または取り替える。

ロープ高所作業特別教育

上記の規定に加えて「特別教育の実施」も、同法律の改正によって定められました。

この特別教育とは「ロープ高所作業特別教育」のことを指し、ロープ高所作業に関する業務に就く場合、あらかじめこの教育を受ける必要があります。

受講は学科が4時間、実技が3時間の計7時間で組まれ、これら両方の受講を受けたあかつきに修了となり、1日で修了できるようにスケジュールを組まれていることが多いようです(学科のみ行っている会場もあり)。

ロープ高所作業特別教育の受講内容は以下のとおりです。

※新安衛則公布後施行日より前にロープ高所作業についての特別教育の全部または一部の科目を受講した場合は、受講した科目を省略することができる。

ロープアクセスのルーツ

画像はイメージです

ここからは、建設物に関する業種を中心に急速な広まりをみせている、ロープアクセス技術のルーツをひもといていきましょう。

ロープアクセスとは、洞窟の竪穴探検(ピットケイビング)に使われていた「シングルロープテクニック(Single Rope Technique/通称:SRT)」という、一本のロープを多用して登下降するための技術を、産業用に改良したものを指します。

欧米では、石灰岩が侵食されてできた縦穴洞窟が多いことから、その探検の歴史は深く、1681年には英国の地質学者ジョン・ボーモント(John Beaumont)によって、ラムレア洞窟(Lamb Leer Cavern)を探検した際の調査報告が王立協会(Royal Society)※に4回にわたって送られた記録が残っています。※Royal Society:英国ロンドンに本部を置く現存する最も古い科学学会

その後も、英国やフランスの探検家によって縦穴洞窟の探索がなされ、1930年代には屋外スポーツとして一般に認知されるほど、ヨーロッパの人々にとって縦穴洞窟は身近な存在となっていきました。

歯のような形状のシャルトリューズ山脈のカルスト山(2062 メートル)の地下に広がるDent de Crolles Cave

さらに1936年から1947年にかけて、フランスの探検家ピエール・シュヴァリエ(Pierre Chevalier)や、フェルナン・ペツル(Fernand Petzl)、神学者シャルル・プチ・ディディエ(Charles Petit Didier)などが参加した探検隊によって、フランスのデント・ドゥ・クロール洞窟( Dent de Crolles Cave/ダン・ド・クロルとも )の探検が行われました。

この時期は第二次世界大戦中であり、物資が不足していた時代でもあったため探検隊は必然的に工夫を余儀なくされることになります。しかし、この工夫が好転し、1942年にナイロンロープ、1947年に爆薬が使われるなど、洞窟の探検における初めての試みも多く行われることになります。そしてこの際に、「プルージック結び※1」や「アッセンダー(登高器)※2」を使用して洞窟を昇降したのが、シングルロープテクニックのルーツだといわれています。

※1プルージック結び:オーストラリアの登山家カール・プルージックが考案したとされるロープにコードを巻きつける結び方。加重がかかれば摩擦が効いて強固に固定され、結び目を持てば簡単にスライドしてずらすことができる。※2アッセンダー:吊るされているロープを登るための器具で、ロープにセットすると上方には移動するが、下方には移動しない仕組み。

複雑な形状をした縦穴の洞窟調査は難解な点が多く、難航することもたびたびでしたが、隊員のさまざまな工夫や技術開発によって調査は遂行され、デント・ド・クロール洞窟は、ヨーロッパで最も複雑で長いとされ、調査の結果、深さ2159フィート(658 メートル)、37マイル(60キロメートル)以上におよぶ通路を有することが判明し、当時においては世界で最も深い洞窟として認知されるようになります。現在も継続的な調査が行われており、2010年の時点で11の個別の入り口が確認されています。

ちなみに、デント・ドゥ・クロール洞窟の探検を行ったチームの主要メンバーであり、洞窟探検家として有名なフェルナン・ペツルは、ヘッドランプ、ケイビング用具等を製造するメーカーである「PETZL」を1975年に設立。「PETZL」は現在においてもヘッドライト、ヘルメット、ハーネス、カラビナ、アイゼンなど多数のクライミングギアを取り扱うフランスの老舗メーカーとして、登山愛好家をはじめ、救助活動の場面で使用するギアとして信頼を集めています。

欧米で確立したSRT(シングルロープテクニック)

1950年後半から、さらに欧米において洞窟探検に用いるために最適な専門的な道具やスタイルが次々と開発されていきます。スタイルについては大別すると次の2つになり、今日では下記の2つの方法が主に確立されています。

●米国式のSRT(シングルロープテクニック)である「アメリカンスタイル」
●ヨーロッパ式SRT(シングルロープテクニック)である「アルパインスタイル」
それぞれの技法の特長は、おおまかに説明すると以下のとおりになります。

【アメリカンスタイル】

乾燥し、比較的複雑な形状ではないものの、大規模な縦穴洞窟の多いという地形の特長から発展したスタイルです。洞窟自体への人工物の設置を極力避ける代わりに、多数のプロテクターや太いロープを使用して、洞窟壁面とロープの摩擦を軽減することでロープの摩耗・切断を防ぎます。

【アルパインスタイル】

深くて複雑な形状で構成されたヨーロッパ高地の竪穴洞窟を探検するために発展したスタイルです。その複雑な形状から、洞窟壁面にロープが接触しないために、洞窟自体に多くの人工物を設置するテクニックを用いることを特長としています。
また、その場その場で多様な形状に対処するため、さまざまに手法の異なるロープの設置(リギング)を要所によって行う必要があり、瞬時に正しい判断をできる知識や経験値が必要とされます。

世界50カ国で活用されているIRATA

このように、縦穴洞窟を探検するために開発・発展したシングルロープテクニックは、欧米各国で産業用としてさらに改良され、いくつかの団体により資格制度も設けられるようになりました。

そのため今日では、米国を中心にした「SPRAT(Society of Professional Rope Access Technicians)」や、英国を中心にした「IRATA(Industrial Rope Access Trade Association)」では、日本でも広く認知されています。

それではここから、世界最大のロープアクセス団体といわれる「IRATA」についてご紹介していきましょう。

日本では「国際産業用ロープアクセス協会」とも呼称されるこの団体は、1980年代後半に英国で設立されました。石油関連施設の点検にロープアクセスを用いたことが始まりであった同団体には、現在、世界の50カ国に400以上の会員企業があり、これまでに10万人を超える技術者が訓練を受けたとされています。

EU圏内では、消防レスキューの標準基礎技術としても採用されており、国によっては「この資格の取得者は仕事に困らない」といわれるほど信頼に厚い国際ライセンスとして位置づけられています。日本国内でも、高所作業特別教育で受講するべき内容がすべて含まれていることから、この資格取得者は、取得後すぐ高所作業に従事できます。

この資格のポイントは以下のとおりです〈参照:IRATA International / Home〉。

●資格はレベル1から3まで。
●受験資格は18歳以上を対象。
●レベル2は、レベル1取得後1年と、1000時間以上の実務経験を要する。
●レベル3は、レベル2取得後1年と、1000時間以上の実務経験を要する。
●3年ごとに更新を要し、その際には資格取得時と同じ日数のトレーニングを要する。

一見してハードルが高いと思われる事項もありますが、協会によれば、創設からこれまでに資格取得者の死亡事故は起きていないそう。壮大なスケールの危険地帯で安全を維持していくためを思えば、そのハードルの高さにも納得がいきます。

空師(そらし)と、アーボリストの融合

ロープアクセスは、先述のとおり年々活用の場が広がっており、日本でも身近な技術になりつつありますが、その中のひとつが「特殊伐採(樹上伐採)」です。
特殊伐採とは、林業で行われる“立ち木を倒さずにして伐採する技法”のことを指し、根元から切り倒すのではなく、樹木の高い位置に登って上からゆっくり伐採し、伐った部分はロープなどに結んで地上に下ろしていく方法のこと。

この技法が用いられるのは、以下のような条件にある場合です。

●人通りの多い場所での伐採。
●樹木の近くに建物がある。
●学校、公園、神社仏閣など障害物が多い建物。
●樹木が密集している中で、ピンポイントで伐採したい場合。
●樹木の近くに電柱がある、電線に枝が絡んでいる。

ところで、これを生業(なりわい)とする職人は「空師(そらし)」といわれ、発祥の江戸時代から技術を継承されてきた日本古来の職人のことを指します。呼称の由来は、高い建物がなく、木が一番高かったその昔、「空にいちばん近いところで仕事をしている」とされる点から、空師と呼ばれるようになったといわれています。

空師とは、樹木に関する知識はもちろん、大木を扱ううえでの力学や物理学を踏まえた技能を要し、さらにはその技術を高い樹木の上で行わなければならない、高い経験値を要する職人のこと。

従来は命綱一本で行う命がけの職人技でしたが、近年、この空師の技術にロープアクセスが普及し、その安全性が高まっています。また欧米では、ロープアクセスを用いて高い樹木の管理・伐採を生業(なりわい)とする「アーボリスト(Arborist)」という職人が存在します。アーボリストは日本でも最近注目を集め始め、日本独自の空師の技能とアーボリストの技能を併せ持つ、新しいタイプの業者や職人も増えています。

── その利便性から急速に需要が伸び、注目度が高まっているロープアクセス技術者。

近年においては地震、洪水……などの大規模な災害が多発していることから、緊急を要する場面かつ難所での人命救助といったケースも増えています。さらにはロープアクセス技術者は多種多様な業種においても、今後ますます活躍の場の裾野が広がっていくことと予想されており、ニーズが高まる専門技術となることは間違いないでしょう。

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