動物の生活に寄り添いながらその魅力を伝える仕事──動物飼育員
2020.07.07動物に癒されたい、動物と触れ合いたい──複雑な人間関係、さまざまなストレスを抱えながら生活する私たち、そう願う人は少なくないでしょう。犬や猫などのペットはもはや家族同様という意識も高まり、ペットを喪ったショックから立ち直れない「ペットロス症候群」が話題になりました。
動物を主役にしたテレビ番組やネット動画も人気を呼び、その無心な姿には年齢性別を問わず、心癒されるのではないでしょうか。
動物が好きなことから、人間相手ではなく動物と関わる仕事に就きたい、そんな職業の選択肢もあるでしょう。動物に携(たずさ)わる職種としては、「獣医師」「動物看護師」「動物トレーナー」「トリマー(犬や猫の美容師)」「ペットシッター(動物版ベビーシッター)」「動物カフェの店員」などが挙げられますが、今回は動物園や水族館、動物を扱うテーマパーク、観光牧場などで活躍する動物飼育員について、その仕事内容やなり方をみていきましょう。
動物飼育員とは?
動物飼育員の主な仕事は、動物園や水族館、動物を扱うテーマパークなどで、展示されている動物の飼育、管理を行うこと。エサやりに始まり、飼育環境の清掃、健康状態のチェックなど、動物たちの生活に寄り添いながらさまざまな状態変化に対応し、動物の病気や出産の際などは獣医師と連携して適切な処置を行います。
一方で、訪れた来場者に向けたショーやイベントの企画・開催・接客など来場者を楽しませ、動物への興味、関心、愛着を深めるお手伝いをするのも大切な仕事。また飼育している動物の生態を研究し、生殖活動にも働きかけます。
動物園や水族館の役割とは?
動物園や水族館といえば子どもの遠足やグループ、家族、友人同士、ぶらりと一人で訪れることもあるでしょう。そんな動物園や水族館には、大きく「レクリエーション」「教育」「調査研究」「種の保存」の4つの役割があります。動物飼育員はこれら4つの役割にどう関わっているのでしょうか。
【レクリエーション】
動物園や水族館で飼育される動物や魚を見たり、ショーや催しを楽しんだりするのがレクリエーションです。動物飼育員は、動物や魚などの生き物が、来場者に見られることでストレスを感じないように環境を整え、健康管理などに気を配ります。また、ショーの練習に励み、展示方法や看板などに工夫をこらし、一人でも多くの人に喜んでもらえるよう、レクリエーションの質を高める努力をしています。
【教育】
情報化が進み、私たちはテレビやネット、出版物などで世界中の動物や生き物について、詳細な知識を得ることが可能です。しかし、いくら情報や知識が豊かになっても、実際に動物や生き物たちを目の前にしたとき、初めてできる発見や実感できることは多いもの。動物園や水族館は、人と動物や生き物たちとの大切な出会いや体験を提供する場だといえるでしょう。また、動物飼育員は動物について来場者に詳しく説明したり、「ふれ合い広場」や「飼育体験」などさまざまなコーナーやイベントを開いて、来場者により身近に動物たちを感じてもらえるよう、努めています。
【調査研究】
動物や生き物の調査研究を行うのも、動物園や水族館の大切な役割です。動物飼育員は日々、世話をしながら動物や生き物を注意深く観察し、生態や繁殖に関する調査を行っています。
以前は、捕獲された野生動物を外部から連れてくるのが一般的でしたが、近年は生物保護の観点からも、飼育している動物を施設内で繁殖する努力も行われ、動物飼育員も密接に携わっています。
【種の保存】
動物園や水族館で目にすることのできる珍しい、稀少な生き物たち。しかし、稀少なのはその生息数が減少しているからでもあり、そうした稀少な野生動物の保護・繁殖に向けた取組みも動物園や水族館の使命といえます。一方で動物の繁殖は容易なことではありません。動物飼育員はさまざまなサポートを行い、生命を守るための、公私の区別がない地道な努力や気遣いが求められます。
さらに全国の動物園で、繁殖に適した動物を園同士がお互いに貸し借りするなど、繁殖率の向上につなげる取り組みも進められています。この場合、動物飼育員が繁殖時期を見極め、適切な体調管理をすることになります。確かな飼育技術を身につけた飼育員の活躍が、動物を守り、動物園・水族館の未来へとつながっていくといえるでしょう。
日常あまり意識されずにいる動物園・水族館の役割は想像以上に重く、またそれを担う動物飼育員の仕事は、日々の地道な努力、経験と学習の積み重ねといえるかもしれません。
動物飼育員の具体的な仕事
では、動物飼育員の具体的な仕事は、どのようなものでしょうか。まとめてみましょう。
・基本パターンとして8時30分〜17時、または17時30分頃までの勤務。勤務時間中に1時間程度の休憩が入る。
・ナイトサファリなど遅くまで開演している施設の場合、シフト制が組まれることもある。
・基本的に残業は多くないものの、動物が体調を崩したり、出産時やイベント準備などでは何日も泊まりがけになる場合も。
・動物の世話は365日必要で、いつ異変を起こすかわからないため、急な残業が発生することは覚悟しておく必要がある。
・動物園やサファリパーク、水族館の繁忙期は土日祝日や夏休みやゴールデンウィークなど。そのため、この時期の動物飼育員は休みを取らずに連日、忙しく過ごすことが多い。
【動物園で働く、ある動物飼育員の1日】
7:30 出勤/制服(作業着)に着替え、動物たちの様子に異常がないか健康チェック。開演前に園舎の清掃、エサやりなど。
9:00 開園/開園直前に動物を寝室から展示スペースへと移動。入場者に元気よく挨拶しながら、出迎える。
10:00 ショーのリハーサル/担当している動物がショーに出演する場合には、午前中にショーの訓練やリハーサルを行い、信頼関係を築く。
11:00 エサやり/たとえば、インドゾウは1日に100キロほどのエサを食べるため、その準備と片付けだけでも大仕事となる。
12:00 昼休憩/食事をとり、午後の準備に備える。
13:00 園内のガイドツアー/入場者に動物の習性や生態を紹介。
14:30 事務所で仕事/書類整理やイベント企画・準備・運営。
17:00 閉園/動物たちを寝室に戻し、エサやりや食べ残しがないかの確認。体重測定などの健康チェック。
17:30 勤務終了/スタッフ全員でミーティングをし、業務日誌をつける。普通はほぼ定時で帰れるが、夏休みなどの繁忙期にはイベント準備などで残業も。
閉園してから1時間後が退社時間の目安ですが、体調面などが気になる動物がいる場合には、残業になることも多いようです。また、担当動物の健康状態に大きく左右される仕事なので、緊急の呼び出しや深夜早朝勤務もあります。
休みについては、基本的には週休2日制を採用しているところが多く、休みは平日になります。土日は来場者数が多くなるため休みは取りにくく、また、一般的な夏季休暇の時期は施設の繁忙期と重なりがち。そのため、この時期は連続勤務が多くなり、まとまった長期休暇は取りにくいと理解しておきましょう。逆に、繁忙期以外は休みが取りやすいというメリットもあります。
動物飼育員になるための資格はない
では、動物飼育員にはどうすればなれるのでしょうか。
動物飼育員として働くために必要とされる資格はありません。近年では、動物関連の専門学校や大学で学び、知識や技術を身につけてから就職するという人も多いようです。学校では、学べる内容やなれる職種が幅広く、トリマーや動物看護師、ドッグトレーナーなどに加え、動物展示や施設の運営手法などを学べる学校もあります。また学校によっては提携している施設での実習に参加できたり、就職のサポートが受けやすいことも大きなメリットといえるでしょう。
また、動物園や水族館は「博物館」に属しているため、動物飼育員の募集に「学芸員」資格(文部科学省が定める必要な単位を、大学または短期大学で取得)が必要とされる場合があり、水族館では潜水士の資格が必要となることもあります。
「公務員試験合格」が必要な場合とは?
公立の動物園や水族館などでは、公務員として動物飼育員の募集が行われることが多く、公務員試験の合格が必須となります。さらに、公務員は学歴要件として大まかに「大卒枠」と「高卒枠」に分かれる場合があります。動物飼育員は「高卒枠」として募集が行われることも多く、この場合には、大学を卒業していると募集要件からはずれてしまうこともあるので注意しましょう。
このように、公務員としての動物飼育員を希望する場合は、進路選択時に専門学校か大学を選ぶか検討する必要があります。なお、専門学校には公務員試験対策をカリキュラムに組み込んでいるところもあります。
一方で、近年、公立の動物園や水族館などでは運営を外部法人に委託する傾向がみられます。この場合、動物飼育員の採用も運営委託された法人側が行うため、就業場所が公立の施設であっても、公務員ではなく団体職員や会社員としての就業(公務員試験の合格は不要)というケースが増えています。
動物飼育員は、採用人数が非常に少ない「狭き門」
動物園などでは最低限の飼育員で園内の業務を回しているところも多く、「定期的に新人を採用して育てる」といった職場はあまり多くありません。そのため、動物飼育員の採用は欠員が生じた際のみ、不定期に行われる傾向にあり、経験のある即戦力が往々にして求められる世界です。未経験や経験の浅い人が採用されるのは困難なため、まずはアルバイトや臨時職員として経験を積み、正規採用をめざす人が多いよう。とはいえ、アルバイトの口もそう簡単にはみつからないようです。情報を集め、アンテナを張り巡らせて、チャンスを逃さないことが肝心でしょう。
動物飼育員は、普段ペットとしては飼えないような動物とも多く触れ合うことができる仕事です。日々の業務を通して多種多様な動物に触れ合い専門知識を身につけられることは、動物好きな人にとっては大きな喜びになるでしょう。また、出産や病気、ケガの回復を見守るなど、動物とまるで家族のように接することもあり、苦労する反面、苦労が報われたときの喜びはひとしおです。動物と信頼関係を築き、動物が成長していく姿を間近で見続けられるのは、動物飼育員ならではの喜びです。
一方で、動物とコミュニケーションを取りたいと思っても、動物は言葉を話せず簡単に信頼関係を築けません。いったん信頼関係を築けたと思っても、動物の野性本能から動物飼育員がケガを負うなど不幸な事故が起こることもあります。
「動物が好き」は動物飼育員になる大前提ではあっても、それだけでは務まらない仕事でもあります。動物への深い愛情と、動物の感情を読み取ろうとする努力や、思うようにいかないことがあっても、簡単には諦めない忍耐力が求められます。「動物と忍耐強く信頼関係を結ぶ」ことが、この仕事を続けていくうえで最も大切なことかもしれません。
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